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縛られることに安堵するなるほどくんの話

語弊があるような間違っていないような。
R18ではなくただのロマンチック()少女漫画です。


 死を選ぶということは、全部を捨てて消して、忘れてくれと言われたようなもんだ。

 それは極端だろうと年下の助手に呆れたように言われたけれど、その時のぼくの心情としてはそう思わずにはいられなかった。だって、よりにもよって死を選ぶ、だよ? お前を追い掛けて弁護士になったぼくの立場は一体どうなるんだ。

 と、言っても詰め寄る相手もいなければ返ってくる言葉も何もない。なんて虚しい。虚しくて、自分だけが必死だったことが恥ずかしくて切なくて悲しくて泣きたくて。

 あの時埋め込まれた寂しさの棘はなかなか抜けなかった。

 あれから、御剣はあっさり戻ってきてぼくの目の前の検事席に立った。奴の中ではそれはもう色々な葛藤があったらしいけどそんなのぼくには関係ない。ただ単純に生きていたと喜ぶ気持ちとは別に、やはり心のどこかに冷たい棘は刺さったままだった。

 それは、今だにぼくの胸をちくちくと刺す時がある。御剣が海外出張に出掛ける時だ。かっこつけたロングコートに銀色のアタッシュケースを颯爽と転がして、空港のゲートに足早に消えていく背中を見て、何度思ったか。

 もう帰ってこないのかもしれない。これが、最後だったのかもしれない。

 あの時の言葉は、悲しいくらいにぼくの胸に刺さったままだ。

 

 

 そんなある日。いつものように予告もなく突然帰国した御剣は、土産を抱えてぼくの事務所へとやって来た。物珍しい外国のお菓子に真宵ちゃんと春美ちゃんは手を叩いて喜び、御剣のいない間に練習を重ねてきた紅茶を淹れてみせると言ってキッチンに二人で篭ってしまった。

「相変らず餌付けがうまいことで」

「餌付けとは何だ。彼女たちに失礼だろう」

「じゃあご機嫌取り? お前もマメだねぇ」

 おかえりなさいなんて言ってやらない。好き勝手に遊んできて、連絡もせずに帰って来たと思ったら真宵ちゃんたちばかりかまって。

 そんな風に思ってしまう自分に腹が立ったし、そんな風に思わせる御剣にも腹が立った。だからぼくは事務所のソファにごろりと寝転がり、自分はこれから仮眠をするんだとわざとらしく主張するようにして目を閉じた。

 御剣は黙ってこちらを見つめていた。と、思ったら足音が近付いてきてぼくの真横に立った気配がした。

 意地でも起きてなんかやらない。まるで子どもだけど、ぼくは口を結んで眠るふりをする。

「──成歩堂」

 ぼくが、目を開いたのは。

 久し振りに聴いた御剣の呼び掛けに対してじゃない。左手に、触れた他人の手の感触。そして、何かをしてくる感触に目を開いたのだ。

 思わず自分の左手を持ち上げて見て、絶句する。

 そこに輝いていたのはどこからどう見ても指輪だ。いくらぼくでも左手にはめられた指輪の意味くらいはわかる。わかるからこそ何も言えなくなった。

「土産だ」

「……」

 ただの土産だから深い意味はない? そう思ったものの実際に聞く勇気が出ない。そうだと言われたら無駄に傷付いてしまう自分がいるからだ。

「サイズぴったりで怖いんだけど」

「君の手の大きさくらい記憶している」

「それが怖いよ」

 動揺してない、喜んでないとわずかばかりの演技をしながら起き上がった。改めて観察してみる。どこからどう見ても指輪だった。なんの飾りもない、ただのシルバーリングだ。もしかしてものすごく安いのかもしれない。注意して見れば輝きもそこまではない気もする。

 でも、それは。紛れもなく御剣から与えられたもので、ぼくの手の上で輝いている、確かなものだ。いつか絶対帰ってくるなんていう不確かな約束とは違って。

「失くしそう」

「それならば外さなければいい」

 そう言って照れ隠しで笑うぼくの左手を御剣の手が取る。指に、指輪に、薄く口付けられた。指輪をはめたぼくを見るその目は優しく微笑んでいる。

 その感触に、指を縛る窮屈さに。胸の奥にある棘が少しずつ消えていくような気がした。

 

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